Claude Codeをはじめとする生成AIが普及して、働き方や時間の使い方が大きく変わったという方は本当に多いと思います。私自身も毎日のようにAIを使っていますし、担当しているEC企業様の中でも、データ分析やキーワード考案にAIを取り入れる動きはこの1年で一気に広がってきました。
ただ最近、現場で支援していて違和感を覚えるようになりました。
AIで作業のスピードが上がっているのは間違いない。出せるアウトプットの量も増えている。それなのに、意思決定の質はむしろ下がっているのではないか。そういう感覚です。
本記事は、解決策をきれいに並べる記事というよりは、私が日々の仕事で感じている危機感と、その正体について考えていることをそのまま書き残しておくものです。

1. AIの判断と、現場の判断がかみ合わない
特によく目にするのは、データ分析から次のアクションまでをAIで完結させようとするケースです。私が見ている限り、この使い方はほぼ機能していません。
データを読み込ませて、傾向を整理させるところまではうまくいきます。問題は次のステップで、AIが導き出した「やるべきこと」が、現場の実情とずれていくのです。
たとえば、転換率に課題があるという分析結果が出たとします。AIは「商品ページを改善しましょう」と提案してきます。けれど現場では、先月の会議で「ページ改修は今期のリソース的に手をつけない」と意思決定済みだったりするわけです。
事例ひとつだけなら前提のインプットは可能です。けれど現場には、判断の前提となる文脈が無数に存在します。「この客層は値下げに弱い」「物流側のキャパが限界」「このカテゴリは販促規制がある」など、毎回すべてをAIに伝えるのは、現実的に無理があります。
データの整理はAIに任せて、最終的な意思決定は文脈を持った人間が下す。この役割分担がぼやけたまま会議が進むと、議論はどんどん現場からズレていく。最近、そんな会議に立ち会うことが本当に増えました。
2. 校閲しないまま、誤った情報で会議が始まる
資料作成や報告書をAIで作る方も増えてきました。私自身、作成の効率化は推進していますし、これは良い変化だと思っています。
ただ、AIが出した情報を校閲しないまま会議に持ち込むケースが、ここ最近で目に見えて増えてきました。事実が微妙に違っていたり、当人が中身を完全に理解していない状態で議論が始まると、途中で質問に答えられず止まってしまうのです。
「AIが作ったので、そこまで詳しくは……」という返答に出会うたび、会議の意味が薄れていく感覚があります。
タスクを速くこなせるようになったのに、結果として情報の質が下がっている。これは便利になっているようでいて、実は「AIに使われている」状態に近いのかもしれません。
会議で何かをアウトプットする立場の方ほど、AIの出力を一度自分の頭で通してから持ち込むことが、これまで以上に大事になっていると感じています。

3. 大事な返信も、AI丸出しになっている
これは個人的な感覚の話でもあります。
ビジネスのやり取りで、明らかに大事な場面の返信までAIが書いた文章をそのまま送ってくる方が増えました。2026年5月の今の時点では、AIで作った文章はかなり高い確率で読み手に気づかれます。AI独特の言い回しや、その人が普段使わない単語の選び方が、不自然に混ざり込むからです。
私自身、「あ、ここもAIで送ってきたな」と感じる場面が増えてきて、正直なところ少し気持ちが冷めてしまうことがあります。
古い感覚かもしれません。ただ、本当に大事な場面ほど、自分の言葉で書くことで伝わるものは確実にあると今でも思っています。
AIで効率化していい場面と、自分の言葉でしか届かない場面。この線引きがあいまいなままだと、便利さと引き換えに、信頼の解像度を少しずつ落としているような感覚があります。
4. では、自分はどう向き合おうとしているか
ここまで書いてきて、じゃあ私はどうしているのか、という話になります。きれいな結論はまだ持てていないのですが、今意識しているのは次のような距離感です。
1つ目は、AIがすべきことと人間がすべきことを毎タスクで仕分けるということ。AIが得意なのは大量のデータ処理・整形・パターン抽出・初稿の生成です。一方で、文脈を踏まえた最終意思決定や、関係性が動く場面でのコミュニケーションは、いまも人間の領域だと思っています。
2つ目は、AIの出力を自分の口で一度説明してみるということ。1分間でいいから自分の言葉で言い直せないなら、その情報はまだ会議にも提案にも持ち込まない、と決めています。
3つ目は、関係性が動く場面では絶対に自分の言葉で書くということ。お礼・お詫び・重要顧客への提案は絶対にAIで書いてはいけない部分だと思います。
AIが進化していくスピードはとても速くて、半年後には今書いていることが古びている可能性も普通にあります。それでも、現時点で感じている違和感を一度言語化しておくことには意味があると思って書きました。
便利になればなるほど、自分の判断力を手放さない努力がいる。今の私はそう感じています。
同じような違和感を持っている方がいたら、ぜひ感想を聞かせてください。
一緒に答えを探していけたら嬉しいです!


